日本を代表する大手電機メーカー「東芝」。カラーテレビ、冷蔵庫、パソコンなど、数々の製品を世に送り出してきた巨大企業が、今月、会社を3分割するという方針を発表しました。創業146年目で下した前例のない決断。いわゆる「モノ言う株主」との対立や経営トップの突然の辞任など、波乱の経営が続いたその裏で何があったのでしょうか。(経済部記者 嶋井健太)
異例の“会社3分割”
それは「会社の3分割」。

2023年度下期の上場を目指すことを明らかにしたのです。
東芝本体は、半導体大手の「キオクシアホールディングス」の株式などを保有する会社として存続させ、株主に対しては、新しくできる2つの会社の株式を分配する方針です。
社会インフラや半導体など幅広い事業を展開し、およそ300の子会社を抱える東芝のような国内の大企業が会社を分割するのは極めて異例のことです。

「総合電機メーカーの事実上の解体ではないのか?」記者会見でそう問われた東芝の綱川智社長は「そもそも今の東芝にはテレビも家電もパソコンもなくなり、総合電機メーカーという感覚はない。私にとっては“解体”ではなく未来に向けた進化だと考えている」と説明しました。
きっかけは原子力事業 屋台骨揺るがす
6年前の2015年に不正な会計処理が発覚した東芝。
業績回復のため歴代の社長が「チャレンジ」と称して過大な売り上げや利益の目標を必ず達成するよう指示していたことが明らかになり、3人の社長経験者が辞任しました。
それ以降、東芝の経営は混迷を深めていくことになります。

2006年、東芝はアメリカの原子力発電プラントメーカー「ウェスチングハウス」を6000億円あまりで買収。
当時、アメリカで石油への依存度を減らそうと、原発の建設計画が浮上していたことが背景にありました。
しかし2011年の福島第一原発の事故で事業環境は一変。
世界的に原発建設を見直す機運が高まったことなどから深刻な業績不振に陥ったのです。
「ウェスチングハウス」は、不正会計問題が発覚した2年後の2017年に巨額の損失を出して経営破綻。
東芝本体も、日本の製造業としては過去最大となる9600億円あまりの赤字を計上し、債務超過に陥りました。
東芝は、経営立て直しのため主力事業を売却せざるを得なくなり、冷蔵庫などの白物家電事業、テレビ事業、医療事業を他社に次々に売却。

稼ぎ頭だった半導体メモリ事業も手放し、もはや「総合電機メーカー」としての形を維持できなくなっていたのです。
瀬戸際の事態 “モノ言う株主”呼び込む
それを回避するために東芝が頼ったのが海外の投資ファンドでした。
2017年、東芝はシンガポールやアメリカなど、およそ60の投資ファンドから6000億円を調達し、いったんは経営危機を脱します。
しかし、いわゆる「モノ言う株主」を大株主として呼び込む結果となり、現在の会社と株主が対立する状況が生まれたのです。
このときの会社の判断を知る関係者は取材にこう打ち明けました。
「不安はあった。しかしいくつかの提案のうち、一番“モノを言わなそう”な投資ファンドを選んだつもりだったのだが…」
会社VS株主 次々に会社を去る幹部
しかし今度は手ごわい「モノ言う株主」にたびたび揺さぶりをかけられるようになります。
「その気になれば、いつでもあなたはクビだ」
ある関係者は株主である投資ファンドにあいさつに行った時にこんな言葉をかけられたといいます。

筆頭株主の投資ファンド「エフィッシモ・キャピタル・マネジメント」などが自ら選んだ社外取締役を増やすよう提案したのです。
この提案は否決。
しかし当時の車谷暢昭社長の再任への賛成は過半数をわずかに上回る57%にとどまるなど、株主から経営陣に厳しい目が向けられました。

この提案には買収によって株式を非公開化し、対立する「モノ言う株主」など外部からの影響を受けにくい体制を作るねらいがあったとされています。
しかし当時の車谷社長が、かつてこのファンドの日本法人のトップを務めていたことから、「買収提案の背景が不透明だ」という批判が高まり、辞任に追い込まれました。
また「エフィッシモ」が提案した社外取締役の人事案が否決されたことなどをめぐり、ファンド側は、東芝が経済産業省と連携して「株主総会の運営に不当な影響を与えた」と主張。
ことし6月には、株主側に選任された弁護士による調査で「株主総会は公正に運営されたものとは言えない」とする報告書が公表される異例の事態となり、副社長ら執行役2人が退任しました。
続く6月の株主総会では、会社が提案した永山治取締役会議長ら社外取締役2人の人事案が否決。
株主との対立によって幹部が相次いで会社を去る事態になったのです。
社外取締役が“会社分割”主導
「会社3分割」の経営計画は、株主の価値を向上し、対立に終止符を打つための切り札として打ち出されました。
しかし、この計画作りを主導したのは綱川社長ではありませんでした。
現在、東芝の取締役はあわせて8人。
執行役を兼務する社内の取締役は綱川社長ら2人だけで、ほかの6人は社外の取締役です。
6人のうち外国人を含む4人は投資ファンドが推薦したとされ“株主主導”が一段と強まっていたのです。

東芝の重要戦略を立案するため、ことし6月に設立されたばかりの組織で、彼らが重視したのが「企業価値向上」つまり株価の上昇につながる経営計画でした。
「非上場化」「事業売却」「他社との連携」などさまざまな案が浮上。
5か月近くにわたる議論の末、最終的に選ばれたのが「会社3分割」だったのです。
この計画が発表される1か月ほど前、ある関係者はこんな言葉を漏らしていました。
「どんな答えになるのか不安だ。正直しんどい」。
「ほかの会社なら社長が決めればよほどのことがなければ通ることでも、この会社ではそうならない」。
投資ファンドが主導権を握っているという、この会社が置かれた複雑な状況が浮き彫りになっていました。
会社分割のメリットは?
「コングロマリット・ディスカウント」とは、東芝のように幅広い事業を手がける“複合企業=コングロマリット”の会社全体の価値が、事業ごとの価値の合計より小さく評価される状態のこと。
現在の東芝は、大きく6つの事業を300社の子会社で行っていますが、その中には、インフラ部門のように、自治体や鉄道会社などと、ひとつのプロジェクトを長期間で進めるものがある一方、半導体のように、短期間で市況がめまぐるしく変わる事業もあります。
こうした性質の異なる事業を1つの会社で持ち続けると効率が悪くなるうえ、それぞれの実力が見えにくくなり、株式市場などで正しく評価されないという見方があったのです。
企業の分割をめぐっては、アメリカの大手メーカー、GE=ゼネラル・エレクトリックも今月、経営の効率化を図るため、事業を航空機エンジンと医療機器、それに電力に再編し、会社を3分割する計画を発表しました。
専門家はメリットについて次のように話しています。

江沢アナリスト
「会社として意思決定が早くなる上、それぞれの事業の透明性が増し、競争力が上がることが期待できる。その結果として株価の上昇にもつながる」
デメリットは?
一方、デメリットはどんなところにあるのでしょうか?
江沢アナリスト
「株主に対してはメリットがあるが、業績が落ち込んだ事業をほかで補う形が作れなくなり、会社としての永続性も低下する。会社の規模が小さくなると設備投資や研究開発に使えるお金も小さくなってしまう」
ここは特定の事業に縛られることなく研究者たちがかったつに研究をする場です。
私も取材したことがありますが、曲がる太陽光パネルに、質問を入力すれば正確に答えが返ってくるAI技術など近未来を感じさせる技術の研究が進められていることに心が躍りました。

こうした高い技術力のある東芝の3分割。
ある関係者は、会社の規模が小さくなることで、技術が海外に流出してしまうことを危惧していました。
「一見無駄な研究も、いまの会社の規模感があるから維持できる。3分割によって会社が小さくなれば、中国の企業などに買収されやすくなるだけだ」
株主の理解 得られるのか
また現在、東芝が抱える11万8000人の従業員の給料や待遇がどうなるか、そして雇用は維持されるのか、詳細はこれからの議論の行方次第です。
11月12日の記者会見。
綱川社長は「それぞれの事業が新しい企業風土のもとで成長していくチャンス」とその意義を強調するとともに「最終的には株主価値、その方策として企業価値を最大化する」とも述べました。

しかし24日には、シンガポールに拠点を置く大株主の資産運用会社が「結論に至るプロセスが透明性に欠ける」などとして、会社3分割を支持しない意向を公表。
いわゆる「モノ言う株主」として知られる資産運用会社が「支持しない」と表明したことで、ほかの株主の動向に一定の影響を与えることも予想されます。
経営の混乱に終止符を打ち、再び輝きを取り戻せるのか。
東芝の行く末に注目が集まっています。

経済部記者
嶋井 健太
平成24年入局
宮崎局、盛岡局を経て現所属