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シリコンヴァレー随一のヴィラン(悪役)でカリスマ:ピーター・ティールの真実 | WIRED.jp


アンナ・ウィーナー|ANNA WIENER

『ニューヨーカー』に寄稿するライター。専門はシリコンヴァレースタートアップ文化、テクノロジー。テックインダストリー在籍時の思い出を描いた最初の著書『Uncanny Valley(不気味の谷)』[未邦訳]が2020年に出版された。サンフランシスコ在住。

シリコンヴァレーは、決して華やかでカリスマ性のある場所ではない。それでも、ピーター・ティールは神秘的な雰囲気を漂わせてきた。

並外れた億万長者であるティールは、デジタル決済サーヴィス企業ペイパル(PayPal)の共同創業者であり、フェイスブック(現社名はメタ・プラットフォームズ)の最初の外部投資家となった人物だ。さらに、米国政府と提携しているデータ分析企業パランティア(Palantir)の共同創業者でもある。ビジネス書のベストセラー『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』の共著者であり、ヘッジファンドを立ち上げ、現在は3つのヴェンチャーキャピタル(VC)を経営している。

しかし、ティールのオーラは、こうした業績というより、彼がさまざまな点で「陸に上がった魚」のように異端であることが放つものだ。2018年には、シリコンヴァレーは保守的な思想に不寛容だという理由でロサンゼルスに移り、最近ではマイアミビーチに豪邸を購入している。ドナルド・トランプ大統領の政権移行チームに名を連ね、共和党全国大会での演説では「わたしはゲイであることを誇りに思う」と宣言した。老化を「治す」ための活動や、公海上に浮かぶ都市をつくることを目指すリバタリアン団体にも投資している。

ティールは、政治、グローバリゼーション、経済、人間の本質などについて、長く曲がりくねったエッセイを多数発表しているが、そのなかには聖書の引用や、亡き恩師であり友人でもあった人類学者ルネ・ジラールの哲学への言及も多く含まれている。ティールはまた、かつてサンフランシスコにあったラウンジ・レストラン「フリッソン」、短命に終わったNASCARレースファン向けの保守系雑誌『American Thunder』、16年にゴーカー・メディアを倒産に追いやった、レスラーのハルク・ホーガンによる訴訟への資金援助などのサイドプロジェクトも行なっている。

ピーター・ティールとはいったい何者なのか?

ティールには、彼の放浪の旅を追いかけるファンがいる。彼はシリコンヴァレーの文化のなかで興味の中心となっており、不定期の講演やエッセイは、彼を賞賛する者と批判的な人間の両方によって流布され、分析されている。

ブルームバーグのジャーナリスト、マックス・チャフキンは著書『The Contrarian: Peter Thiel and Silicon Valley’s Pursuit of Power(逆張りの流儀:ピーター・ティールとシリコンヴァレーにおける権力の追求)』[未邦訳]で、「シリコンヴァレーを特徴づけるイデオロギーはティールが生み出した。それは、技術の進歩は社会に対する潜在的なコストや危険性をほとんど考慮することなく、冷徹に追求されるべきだ、というものだ」と論じている。

ティールを信奉する人々の見方は違う──彼/彼女たちにとって、ティールは技術の進歩を個人の自由や科学の発展、さらには人間の救済と結びつけるテクノ・リバタリアンなのだ。

金もちへの憧れは普遍的で必然的なものだし、一見進歩的な業界の保守派ということもあって、ティールには自然に信奉者が集まる。だが、ティールはシリコンヴァレーの著名人のなかでも異色の存在だ。技術者でもなければ、新たなプロダクトを構想するヴィジョナリーでもなく、人々の日常生活に欠かせない存在の企業を指揮しているわけでもない。

スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ、ジェフ・ベゾス、そしてマーク・ザッカーバーグにはそれぞれに根強いファンがいるが、ティールは誰のものとも違う、独特の考え方や視点を提示する。マーク・ザッカーバーグのビジネス哲学の知的ルーツがどこにあるのか、思いをめぐらす人間はまずいないだろう。難解な思想をもつテック業界の投資家が、なぜこれほどまでに多くの人々の心を捉えているのか? ピーター・ティールとはいったい何者なのか?

模倣的欲望

1967年にドイツのフランクフルトで生まれたティールは、赤ん坊のころ米国にやってきた。一家は翌年クリーヴランドに移ったが、その後、化学エンジニアである父がスワコプムント近郊のウラン鉱山開発の責任者となったのに伴い、当時の南西アフリカ(現在のナミビア)に移住した。そして、ティールがまだ幼いころに米国に戻り、ベイエリアの中流階級が住むフォスターシティに居を定めた。

チャフキンは、ティールが敬虔なクリスチャンの家庭に育ち、両親は最終的に「熱狂的な共和党員」になったとしている(ティール自身は、両親がキリスト教福音派や共和党員だったことを否定している)。ティールは成績優秀で、チェスをプレイし、SF愛好家であり、そして同級生からはいじめられるという、80年代の典型的なオタク少年になった。

ティールは85年にスタンフォード大学に入学した。速打ちチェス[編註:制限時間内で競うチェスの一種]をプレイし、アイン・ランドを知り、同大の教授であるジラールの思想に惹かれていった。ティールがとくに気に入ったのは、ジラールの「模倣(ミメーシス)的欲望」という概念だった。ジラールは、「人間は何を欲していいかわからない生き物であり、自分の心を決めるために他者に頼る。他者の欲望を模倣するから、彼/彼女たちの欲するものを欲するのだ」と述べている。

「模倣的欲望」は、自分の欲求を他人に委ねるという主体性の放棄を伴うものであり、嫉妬、ライヴァル関係、内輪もめ、恨みを助長することにつながる。それはまた、暴力的なスケープゴート行為にもつながるとジラールは述べている。スケープゴート行為とは、集団や個人に対する迫害を行なう者たちが手を組むことで、さらなる大規模な紛争の発生を未然に防ぐ役割を果たすものだ。ティールはのちに、このフレームワークを使って政治、テック投資、文化などについての独自の理論を展開していくことになる。

ペイパルの最高経営責任者へ

87年、ティールは高校時代の友人であるノーマン・ブックとともに、学生新聞『Stanford Review』を創刊した。当時のスタンフォード大学では、政治的に活発な学生たちは南アフリカ共和国からの投融資引き揚げを求めたり、学内にレーガン図書館を建設する計画に抗議したりしていたが、同紙は保守的なスタンスを鮮明にしていた。初期の号では、「隠れマルクス主義者」であるリベラル派の教授たちについての記事が1面を飾り、西洋文化を教えるコースで非白人の作家が取り上げられていることを中傷する論説が掲載された。

また、性についての奇妙で風刺的なコラム「Confessions of a Sexual Deviant(性的逸脱者の告白)」では、自分の意思で禁欲を貫くストレートの青年について書かれていたと、チャフキンは記している。ベイエリアでエイズ問題が深刻化すると、「不自然なかたちのセックス」や「ホモフォビア(同性愛への嫌悪)への嫌悪症」に反対する論説を掲載した。スタンフォード大学の4年生が性的暴行容疑で起訴された際には、レイプ犯を熱心に擁護する記事が掲載されたとチャフキンは書いている。

ロースクールを終えたティールは、アトランタの保守派判事のもとで事務官を務めたあと、企業法務を専門とする法律事務所のアソシエイトとなったが、7カ月後に法律事務所を辞め、しばらくはデリバティヴトレーダーとして働き、当時大学のキャンパスを覆っていた政治思想を論じた本『The Diversity Myth(ダイヴァーシティの神話)』[未邦訳]を、『Stanford Review』時代の友人であるデヴィッド・サックスと共同で執筆している。

その後、家族や友人から集めた資金でヘッジファンドのティール・キャピタル(Thiel Capital)を立ち上げ、98年に若き暗号解読者マックス・レヴチンと出会い、彼のスタートアップに投資した。レヴチンの会社であるコンフィニティ(Confinity)は、「ペイパル」と呼ばれる送金サーヴィスを提供していた。ティールは1年もしないうちに同社の最高経営責任者(CEO)となった。

ペイパルには革命的な可能性があると考えたティールは、「デジタルウォレットは『国民国家の衰退』につながるものだ」と当時語っている。コンフィニティはその後、『Stanford Review』のかつての編集者4人と、スタッフだった6人も採用した。

イーロン・マスクを追い出す

一時期、ペイパルはイーロン・マスクが設立したX.comというデジタル決済企業とオフィスのフロアを共有していた。X.comと同様に、ペイパルは新規顧客にインセンティヴを提供するようになり、新加入のユーザーに1人あたり10ドル、新規ユーザーを紹介するごとに10ドルが支払われた。

ペイパルは銀行として登録されておらず、ユーザーの情報も収集していなかった。そのため、多くの銀行やクレジットカード会社が取り扱わない違法な取引(ポルノやギャンブル)に利用される可能性があり、のちに同社はこうした取引を禁止したとチャフキンは書いている。

一方、レヴチンはeBay用ボットを開発し、出品者に連絡して商品に興味があると伝え、支払いのためにペイパルを導入するよう依頼した(同社は、落札した商品を赤十字社に寄付した)。このような倫理的に問題のある手法──現在では「グロースハック[編註:データを駆使して事業やサーヴィスを急成長させる手法]」などと呼ばれている──を駆使したおかげで、ペイパルのユーザー数は急増した。

2000年初頭には、ペイパルとX.comの市場シェアはほぼ同じで、どちらも赤字になっていた。協議した結果、両社はX.com名で合併し、ティールはヴァイスプレジデント、マスクはCEOとなった。チャフキンによると、ティールは00年の市場暴落後、会社から姿を消したという(ティールは、この時点での辞任を否定している)。

だがその数カ月後、マスクが新婚旅行中に、ペイパルの上級社員グループがクーデターを起こし、辞任するよう迫ってマスクを追い出し、ティールをCEOに就任させた。チャフキンは、CEO就任から1年後、ペイパルが株式公開の準備をしているときに、ティールが同社の取締役会に対して彼への株式割り当てを増やすよう要求し、さもなければ辞任すると迫ったことを、この交渉の経緯に詳しい関係者の話として書いている(ティールはこうした強引なやり方を否定している)。

取締役会はティールに株式を与えた。02年にペイパル株の市場取引が開始された直後、ティールは会社を売りに出し、eBayに15億ドルで売却した。買収が完了すると同時に、ティールは辞任を表明するプレスリリースを発表した。ティールは、ペイパルの経営を続けることなく、別のヘッジファンドを立ち上げるつもりだったのだ。

ペイパルマフィア

ルールをすり抜け、法律を回避し、ビジネスパートナーを葬り、友人を捨てる。このシリコンヴァレー版ビジネスプレイブックは、ペイパルで書かれたものだとチャフキンは主張している。そのためもあってか、同社の初期の幹部や社員は「ペイパルマフィア」と呼ばれるようになった。

07年に『フォーチュン』誌に掲載された集合写真は、彼らがこの呼び名を受け入れていたことを示唆している。この写真では、12人の元ペイパル社員たちがレストランに座っている。彼らはコルレオーネ・ファミリーのように、高級なスウェットの上下や裏社会のビジネスカジュアルを身につけている。ティールがいる中央の2人席には、ポーカーチップの山が整然と並べられている。高い額と奥まったブルーの目のティールはかすかな微笑みを浮かべ、リラックスして楽しそうに見える。

1990年代後半、ティールは主としてペイパルでの活動で知られていたが、『ウォール・ストリート・ジャーナル』に掲載された、スタンフォード大学の「心ない」多文化主義への反論や、スタンフォード大学の学内誌に掲載された、アファーマティヴ・アクションへの反論(いずれもサックスとの共著)など、公的な執筆活動でも一部の人々に知られていた。

しかし、2000年代に入ると、ティールの関心やプロフィールに変化が見られるようになる。チャフキンは、ティールは9.11以降、「イスラムのテロリズムがもたらす脅威にますます心を奪われ」、「移民をはじめとするあらゆる形態のグローバリゼーションに」懐疑的になった、と書いている。

ティールは、自ら創業したヘッジファンドであるクラリウム・キャピタル(Clarium Capital)を指揮し、金融取引記録から携帯電話のログまで、政府の膨大なデータを照合・分析するプロジェクトであるパランティアに出資した(パランティアという名前は、J・R・R・トールキンの『指輪物語』三部作に登場する「遠見の石」にあやかっている)。パランティアは、ペイパルで開発されたソフトウェアを使用して犯罪ネットワークを特定し、不正行為に対処していたとされている。マネーロンダリング活動を特定できるほど優れたソフトウェアであれば、テロリストも特定できるのではないかという考えからだ(ティールは、パランティアはペイパルのツールを一切使わなかったと主張している)。「これは9.11以前のプライヴァシーに関する特定の規範に違反すると考えられたが、9.11以降の世界ではまったく問題ないものだった」とチャフキンは書いている。

当時もいまも、外部の人間がソフトウェアの機能を把握するのは難しいことだ。チャフキンは、少なくともプロジェクトの開始当初、パランティアが提供する情報サーヴィスは「事実上役に立たない」ものであり、「実際の製品というよりもデモ版に近い」ものだったと主張している(ティールはこれを否定している)。米中央情報局(CIA)はそのヴェンチャーキャピタル部門を通じてパランティアに投資し、ニューヨーク市警も顧客だった。20年9月に上場したパランティアの資産価値は、現在500億ドル(約5兆7,500億円)以上の評価を得ている。

「社会契約では不充分だ」

04年、ティールはフェイスブックに投資し、のちに同社株式の10%を見返りとして得ることとなる金額を融資している。同じころ、ティールはスタンフォード大学で「政治と黙示録」をテーマにした小さなシンポジウムを開催した。のちに「The Straussian Moment(シュトラウス的契機)」というタイトルで公表されたティールの寄稿文は、9.11が「19世紀と20世紀の政治的・軍事的な枠組み全体」を揺るがしたため、「現代政治の基盤を再検討する必要がある」という前提で書かれていた。

そのなかでティールは、トマス・ホッブズとジョン・ロックを取り上げ、リベラルな民主主義の不備を指摘した保守派のふたりの政治理論家レオ・シュトラウスとカール・シュミット、そしてジラードの研究を組み合わせ、現代性について分析している。そして、「もはや宗教戦争を意に介しない国に、宗教戦争がもち込まれた」とし、「今日、わたしたちはみな単なる自己防衛のために、世界を新たな視点で捉え、従来とは違う新しい考えをもつことを余儀なくされている。だがそのことによって、『啓蒙主義』というじつに誤解されやすい名で呼ばれている、非常に長く続いた繁栄の時代、知的停滞と記憶喪失の期間から目を覚ますことができるのだ」と論じた。

社会契約では不充分だ、とティールは主張した。「西洋」が世俗的、合理的、資本主義的になり、9.11に対する報復の方法としてイデオロギー的に一貫したものをもたないように思われたからだ。

法学者であり、ナチス党員でもあったシュミットなら、「新たな十字軍」を呼びかけただろうとティールは仮説を立てた。しかし、自らの暴力性を否定する(今日の)世俗的な文化においては、そのような対応は自己矛盾をきたす。ティールはシュトラウスの言葉を引用して、米国が偉大なのは「自由と正義の原則を習慣的に守るだけでなく、ときおりそこから逸脱することもある」からだ、と書いている。このような逸脱は「政治的に正しくない(politically incorrect)」とされていることを認めながらも、米国は目に見えず、行動の責任を問われることもなく、超法規的かつ司法権のおよばないチャンネルによって、他国に対して力を行使できるのだとティールは書いている。

最後に、ティールはジラールの模倣理論を援用し、自分の考えに切迫性をもたせた。「威信」の獲得という模倣的な理由で核兵器の増強を競う国々は、「果てしのない黙示録的暴力」が行使される可能性を高めているのだ、と。ティールは、「ポストモダン世界の運命」は、「暴走するミメーシスの無限の暴力か、あるいは神の王国の平和か」のどちらかである、と結論づけた。

高尚な文明論とそれに対する不満

「The Straussian Moment」は、ティールの思想のなかで重要な位置を占める論考とみなされることも多いが、意外なほど出回っていない(主としてEvernoteにアップロードされた写真イメージベースのPDFとして流通しているようだ)。19年にはフーヴァー研究所のピーター・ロビンソンによるインタヴューのテーマとなり、20年の初頭に広く読まれた『The Contrarian』のあるAmazon読者レヴューは、この論考を主軸として同書を批評していた。

そのレヴューでは、ティールがグローバリゼーションを批判し、また最近ではナショナリズムを受け入れているように見えるが、それは「罪のない犠牲者に完全な啓示をもたらすため、黙示録に対して時間を稼ごうとしている」と解釈できるのだと論じている。

多くの点で、「The Straussian Moment」はそれが書かれた時代の産物だ。「政治と黙示録」シンポジウムはパランティアの創業と同時期に開催されたし、ティールが9.11後にグローバルなデータインテリジェンス機関を構想するようになったのも驚くにはあたらない。しかし、起業家や投資家が現代性についての論文を発表するのは珍しいことだ。なぜティールは、このような高尚な文明論とそれに対する不満を必要としたのだろうか? 彼の世界観は、彼の行動を動機づけているのだろうか、それとも正当化しているのだろうか?

未来がユートピア的なものか黙示録的なものかのどちらになるにせよ、ティールは自分の利益になるように行動した。05年、ティールは「ハイリスクだが、既成概念にとらわれない、世界を変える可能性を秘めた企業」を探すことを社是に掲げるVC、ファウンダーズ・ファンド(Founders Fund)を創業した。

彼は寿命を延ばす技術やアンチエイジング技術に興味を深めていたため、初期の投資先としてゲノム配列解析技術の開発により老化を防ぐことを目指すスタートアップ、ハルシオン・モレキュラー(Halcyon Molecular)を選び、また、イーロン・マスクの航空宇宙企業であるスペースXをはじめとする防衛関連企業への投資も行なっていた。

このころ、ゴーカー・メディアが運営する新たなシリコンヴァレーのゴシップブログ「ヴァレーワグ(Valleywag)」では、ティールを題材にした内容が増えていた。06年の記事「Three Valley Moguls Dabble in Humanity’s Future(シリコンヴァレーの3大巨頭が人類の未来に挑む)」では、「超知能民族の奇妙な夢に投資するシリコンヴァレーのエグゼクティヴ」であるティールが、人工知能のためのシンギュラリティ研究所(Singularity Institute for Artificial Intelligence)──現在の機械知能研究所(Machine Intelligence Research Institute)──の理事会メンバーになったことを紹介している。

その後のある記事では、ティールが極右の反移民NPOであるナンバーズUSA(NumbersUSA)の関連団体、米国移民改革連盟(Federation for American Immigration Reform)に100万ドルの寄付をしたという噂に触れている。07年の「Peter Thiel Is Totally Gay, People(みなさん、ピーター・ティールは完全にゲイです)」という見出しの記事は、ティールをとくに動揺させた。友人や同僚の多くは彼がゲイであることを知っていたが、ティールは秘密を暴露されたと考えたのだ。

21世紀最初の10年が終わりに近づいたころ、ティールはコンピュータープログラマーで経済学者ミルトン・フリードマンの孫にあたるパトリ・フリードマンと親しくなった。彼は、公海上に浮かぶリバタリアンの理想郷、いわゆる「シーステーディング・コミュニティ」構想を書いた人物だ。

ティールは、シーステーディングの非営利団体を立ち上げる資金として、フリードマンに50万ドル(約5,700万円)を提供した。また、アンチエイジングを目的とした非営利団体センズ・リサーチ・ファウンデーション(SENS Research Foundation)や、寿命を延長するための活動をしている団体メトゥセラ・ファウンデーション(Methuselah Foundation)にも資金を提供している。

09年には、ケイトー・インスティテュートが発行するオンラインのリバタリアン誌『Cato Unbound』に寄稿し、「自由と民主主義は両立するもの」だとはもはや信じておらず、「生活保護受給者の大幅な増加」と、女性への選挙権の拡大によって「『資本主義的民主主義』という概念が自己矛盾に陥っている」と述べた(この記事への反発を受け、ティールは次のような補足をしている。「どの階級の人々も権利を剥奪されるべきではないと信じるが、投票によって事態を改善することにわたしはほとんど期待していない」)。こうしたことも、ゴーカー・メディアにとってはさらなる記事の材料となった。

停滞に対する終末論的な恐怖

このころ、ティールはコンピュータープログラマーであり「Mencius Moldbug」というペンネームでブログを書いているカーティス・ヤーヴィンのエッセイを読み始めたとチャフキンは書いている。ヤーヴィンがよく取り上げていたのは「フォーマリズム」という理論で、民主主義に反対し、企業や独裁国家のような連邦政府の構造を支持するものだった。

こうした意見は、のちに「ネオ・リアクション」と呼ばれるものとして結実した。このイデオロギーは、気候科学は「欺瞞に満ち」、通貨のインフレは「悪魔的」であり、遺伝子の違いによって特定のグループは「支配者」となり、他のグループは「奴隷」になると主張しているとチャフキンは述べている。チャフキンによれば、ティールは「3つめはともかく、最初のふたつの意見には賛同していた」という(ティールはどの意見に対する賛同も否定している)。

ティールは15年、カトリック系雑誌『First Things』に「エデン主義に抗して(Against Edenism)」というエッセイを掲載した。その内容は、黙示録の一節から始まり、天然資源の不足に言及し、終末論の観点から技術開発を加速させる必要性を説いている。

彼は、「科学技術は、神が今日この地上に天の御国を築くようわたしたちに命じられた終末論的な枠組みにとって自然な同盟者となるものであり、天の御国は未来の現実であると同時に、現在においても部分的に実現可能なものである」と主張した(編集部への手紙のなかで、ある読者は漠然とした恐怖を感想として寄せている。「わたしの信仰の理解では、『新しきエルサレム』がいまここにある、あるいはそれを建設する能力や知恵が人間にあるなどといった幻想を、キリスト教徒はけっして抱いていません」とその読者は書いた)。

数年後、ゴーカー・メディアの元編集長マックス・リードはニューヨークで、ティールの政治は「停滞に対する終末論的な恐怖」に基づいていると指摘した。そのため、ほとんどのテック投資家とは異なり、ティールはハイテク産業が「『進歩』を示すことはおろか、経済や人間の幸福にもあまり貢献していない」かもしれないと痛感しているようだ、とリードは語っている。

つまり、ティールは不安を募らせていたのだ。過去には、12年にロン・ポールが大統領選に出馬した際に200万ドル(約2億3,000万円)近くを支援し、さらにテッド・クルーズにも200万ドルを支援していた。そしていま、ティールは伝統的な保守主義やリバタリアン主義の枠を超えて、よりネオ・リアクション主義に近い人々の層を探そうとしているとチャフキンは指摘する。

16年、ドナルド・トランプが共和党の大統領候補になると、ティールはある種のきっかけをつかんだ。「トランプは、さまざまな意味で、ティールが追求してきた政治プロジェクトの完璧なアヴァターだった」とチャフキンは書いている。トランプは、「言いにくいことをいつでも言ってくれる候補者」だった。米国現代史のなかで最も無秩序な政治家に、ティールは停滞した状況を打破する方法を見出したのかもしれない。

典型的なヴィラン(悪役)

ティールの世界観は道理にかなったものだろうか? 批判的な人々は、無節操な偽善の塊であり、卑俗な厚かましさやテック業界の利己主義を知的な議論で覆い隠しているにすぎないと考えている。

一方、崇拝者たちは、彼の理論には深みがあり、心を奪われるような斬新な未来の枠組みを提示するものだと感じている。トランプと関わったことで、支持者の一部はティールから離れていったが、それ以外の支持者にとっては、同時代の人々が知らないことをティールが知っている可能性が高まり、彼がよりいっそう神秘的な存在となったのだ。

ティールの未来に対するヴィジョンは、ある意味おなじみのものだ。ティールは、ハリウッドが描く未来世界はディストピア的で、SF映画には一般の人々のテクノロジーに対する恐怖心が反映されているとしばしば不満を漏らすが、彼の投資対象の多くは『ブレードランナー』のような、軍国主義的、個人主義的、秘密主義的で、かつ企業優先、統制優先の世界を感じさせる。

彼にとって、リベラルな民主主義的生活のためのプロセスは、障害となるもの、あるいはいらだちを募らせるものであり、技術のイノヴェーションこそが最も重要なものなのだ。そこにあるのは、純粋にテクノロジーだけでかたちづくられた未来の幻想だ。クールでユートピア的な未来論と救世主的な社会改善の組み合わせは、それ自体がSF的な図式である。

一方で、ティールを中傷することは、彼以外のテック業界全体の姿をある意味覆い隠すことになる。ジラールの模倣理論が意味するところは、スケープゴートにされた人々が、より大きな集団の脆弱性や悪質さを代表するということだ。

シリコンヴァレーで最も著名な経営者の多くは、これまでずっとリベラルであると認識されてきたが、彼/彼女たちの会社やプロダクトが実際に進歩的な価値観や大義を推進してきたかどうかは疑問に思える。今日、民主化に貢献すると謳う株式非公開のプラットフォームは、おそらく最も中央集権的で反民主的だ。テクノロジーに対するティールのアプローチは、シリコンヴァレーのルーツが軍産複合体であることを認めているだけに、彼こそがテック業界をもっとも正直に代表しているのかもしれない。よく言われることだが、ティールは典型的なヴィラン(悪役)なのだ。

世界に対する高邁な解釈学の追求

それでいて、ティールは多くの点で非常にエキセントリックだ。そのことが、知的生活の大部分がオンライン化され、どこまでもミーム化されている現代において、彼を魅力あふれる知的人物にしている。

テックカルチャーは頭脳を探している身体で、その探索はブラウザーのタブのなかで行われる。最も注目されるポッドキャストやブログ記事は、これまでの主張を補強するのに役立つ資料として使われ、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』や、スティーヴン・ピンカーの『21世紀の啓蒙』など、多くの読者を惹きつける本は、自己肯定的に趣旨を都合よく切り取って要点だけ利用されることが多い。

一方ティールは、人類学、政治理論、神学などを取り入れた、より難解な知的アイデンティティをもっている。公の場での議論では、ハイテクや論理、金融、宗教などの語彙を自在に操り、その一貫性はともかく、知識を多彩に組み合わせたユニークな語り口が際立つのだ。シリコンヴァレーを目指す敬虔なクリスチャンのMBA学生、手早く理解できそうな学びを求めている若いエグゼクティヴ、新たな世界の枠組みを探している政治好きの人間など、あらゆる人々に話題を提供している。

『The Contrarian』ではあまり検証されていないティールの信仰も、彼の世界観や魅力の中心となっているように思える。15年、神学教育機関のニュービジン・ハウス・オブ・スタディーズ(Newbigin House of Studies)が主催した講演会で、ティールはキリスト教を「わたしが全世界を見るためのプリズム」だと語った。

21年初めには、投資マネージャーでキリスト教信仰についてのブログを書いているジェリー・ボウヤーにインタヴューを行なっている。ふたりは、ジラール、ニーチェ、プラトン、イエスの復活、人間が世界に破局をもたらす可能性、そして、キリストに倣うことは、混乱と政治的反目に満ちた文化とは無縁の、「確かな楽観主義」への道になり得るかどうかについて議論した。

これは、テック企業の経営者が出席するような種類のフォーラムではなかった。ティールの知的生活に真剣に向き合おうとすると、ジラールやシュトラウス、そして『黙示録』を読むことになり、多くの人にとって初めての知識を学ぶことになる(そうした知識のなかには、ネオ・リアクション的な思想につながりかねないものもあることに留意すべきだ)。それによって、ティールという大富豪に対する素朴な好奇心が、世界に対する高邁な解釈学の追求へと発展するのだ。

ニュースレター・エコノミー

ティールには、参照している文献やインスピレーションの源泉の多様さと幅広さにおいて、ロッド・ドレーアー、タイラー・コーエン、ジョーダン・ピーターソン、スコット・アレクサンダーという、21世紀の知的インフルエンサーたちと共通するものがある。彼らはそれぞれが独自のアイデアや理論、フレームワークをもっており、そこから知的アイデンティティを生み出している。

彼らは典型的な学問のシラバスの制約を受けずに独自の言葉で教え、自分たちが好むことと博学との境界をあいまいにしてしまう。多くの点において、このような知的生活のスタイルは、関連するコンテンツでいっぱいのウサギの穴、無限のスレッド、壊れたリンクをもつインターネットから自然に生まれてきたものだ。こうした知的スタイルは、最近盛んになっているニュースレター・エコノミーにも通じるものがある。そこではニュースレターの購読者が、独自の意見をもった解説者を自分のガイドに選び、情報を仕入れることができる。

もちろん、ティールに関して言えば、彼が神秘性としてまとっているものは単に巧妙な「わかりにくさ」なのかもしれない。保守派の哲学者であるシュトラウスは、学者や作家は意図的に不明瞭な文章を書くことで自分の考えを主張することが多い、と論じている。これは、「重要な事柄についての真実は行間にのみ提示され」、それによって「すべての読者ではなく、信頼できる知的な読者にのみ」読みとれるようにする手法だ。

インタヴューでのティールは、難解で謎めいており、予言者のような雰囲気すら感じさせる「シュトラウス的」人間に見える。彼は会話の流れを変えることに長けており、論点をはっきりさせないことがある。ビジネスやグローバリゼーションに関するティールの考えは、宗教的な言及や暗示によって神秘性を帯び、いまにも彼の言説の核心が語られようとしているように思わせるのだ。

インターネット上には、ティールの思想をはじめとするさまざまな思考の手がかりがあふれている。人々は知識とその意味を探し求め、自分が「信頼できる知的な人間」であることを示す記号を探している。ティールのファンにとって彼の魅力のひとつは、ものごとの意味を読み解いたり、なぞ解きをしたり、仮説を立てたりする機会を無限に与えてくれることだろう。彼は読者に対し、啓示を与えてくれるのではないかと期待を抱かせる。しかしまた、真実はもっと単純かもしれない。「金がものを言うと、人は聞く」のだ。



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